天命と言われ続けた 潜在意識
- 2015/06/21
- 17:00
「 時は今 天が下知る 五月哉 」
( ときはいま あめがしたしる さつきかな )
これは、私が敬愛する明智光秀が、「本能寺の変」を企てるの直前に読んだ連歌の初頭です。
6月の本日に、皐月(5月)の歌を取り上げるのはどうかと言われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、日本の歴史上最大のクーデターと言われる本能寺の変が勃発した天正10年6月2日は、
現代歴では1582年の6月21日なのであります。
この歌を普通に解釈すると「時は今、(信長公が)天下を支配する、五月という時期」であります。
つまり、明智光秀が 織田信長という主君を讃えている内容です。
しかし 歴史学者は、この歌に暗に隠された光秀の思いがあるのだと主張します。
それは、信長のパワハラに遭い、恨みと憎しみ、そして、チャンスが有れば下克上を実行したいと思ってもおかしくない光秀が、本能寺の変という軍事クーデターを起こす直前に、その企てを詠んだのだと言うのです。
つまり「今こそ、土岐氏の末裔である私が、天下を治める時期なのだ」という意味だと言うのです。
しかし、この歴史学者達の通説には矛盾が有ります。
何故なら、この連歌会で詠まれた歌は、信長公に提出されるものであるからです。
それは光秀も承知であるはずで、歌に通じる信長が、暗に隠された謀反の意味に気付かないはずがないのです。
賢明な光秀が、そんな墓穴を掘る事は全く考えにくいのであります。
にもかかわらず、あえてこの歌を「宣誓」の如く詠んだ光秀について、私は考えたいと思います。
さて、「本能寺の変」自体も、聡明な光秀にしては妙なのです。
大切な目標は国取りであり、信長を討った後の同志作りだということは彼にも分かっていたはずです。
戦国時代の世の中ですから、朝廷に可愛がられたところで無意味です。
実力のある武将との仲間つくりが必要不可欠です。
羽柴秀吉は頭の切れる人でしたから丸め込むのは無理だとしても、柴田勝家あたりの実力者達とは、裏で協定を結んでおくべきでした。
しかし、光秀は無謀としか思えない身内だけの実行をします。
そして案の定、11日後には秀吉によって討たれるのです。
計画性に長け 冷静で我慢強い光秀が、このような無謀な謀反を起こした原因を
「天が下知る」という下りから読み取ったらどうでしょうか。
つまり、「天が下知る」を「天命が下ったのを(私は)知った」と解釈すれば、いかがかと思うのです。
人は、自分の願望や、好み、目標を叶えようと努力します。
しかし、社会生活をする動物である人間の潜在意識にとっては、己の命や幸福よりも重要なことがあります。
それは、同民族の安全と繁栄です。
光秀はかねてから、朝廷がこの国の政をし、当時の征夷大将軍である足利氏が治める事を理想としていました。
しかし、信長の大躍進と天下統一が間近に迫った今、
つまり自分のアイデンティティーともいえる足利幕府復興が不可能となった今、
自分の命を投げ捨ててでも 日本民族の正しい繁栄を、当時に天命いわれた潜在意識のメッセージとして、
悟ってもおかしくはないと 私は思うのです。
静かな夜に、瞑想をする明智光秀が想像できます。
深い瞑想で、潜在意識からのメッセージを「天命が降りたのだ」と感じた光秀が想像できます。
その内容が、信長暗殺だったのです。
私たちの潜在意識は、本当に大切な事を教えてくれようとしています。
それは今も昔も同じなのです。
大切なあなたが 幸せでありますように。
相談屋さん カフェカウンセリング 横尾けいすけ
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