第一章:発症 (No.8)
- 2015/10/10
- 18:00
脳出血で倒れた父親の次郎が居るのだという集中治療室に入ると、恵祐は空気を重く感じた。
色分けされてカラフルになっているチューブだかコードだか分かりづらい物も、沢山有るモニターも珍しく感じられたが、それより何より、空気そのものが思い感じがした。
部屋にはベッドが8台有り、5台のベッドには患者が横たわっている。
「あ、あの人 さっきまでは居なかったなぁ。 今、救急車で来たんだね」
母親の美和子が小声で囁いたが、恵祐には他の人の増減などどうでもよかった。
次郎のベッドに足早に向かう看護師に、ただただついて行くだけだった。
それでも通りがかりのベッドに目を向けると、酸素マスクをした老人らしき人が目を閉じているのが確認できた。
老人らしきという表現は妙と言えば妙だが、事実、恵祐には年齢が分かりづらかった。
人は生と死の狭間に居る時、年齢すら曖昧になるのだろうか。
更に、髪の毛を収める帽子のようなもので髪を隠されてしまっているので、性別も分かりづらかった。
そんなことを思って看護師に付いて行くと、突然に看護師は立ち止まり、「こちらです」と言う。
こちらというのは父親の事なのだろうけれど、恵祐は少し混乱した。
先ほどの患者のように、自分の父親は年齢や性別が不詳という感じではないのだ。
至って普通という訳には行かないが、むしろ今の父親は若いなという印象なのだ。
大きく透明な酸素マスクを顔の中心にしていても明らかに自分の父親だと確認は出来た。
兎に角、朝見かけた時より、若いというのが妙だった。
その理由は後に分かったのだが、父親の次郎は顔が異常に浮腫んでいたために、今まで多く有った顔のシワが無いに等しかったのだ。
美容整形でシワ取りが有るという。芸能人でも利用する人も居るらしい。
なるほど、シワが無くなるだけで、これだけ若い印象になるものなのだなと感心した。
「伊邪さん、息子さんが来てくれましたよ」
そう看護師が呼びかけると、次郎はキッと目を開いた。
そして、美和子と恵祐を交互に、眼球だけ動かして見ていた。
頭を動かす事はしない。いや、出来ないのだろうか。
顔は何時もより幾分赤く、高熱らしい。
酸素マスクの曇りが強くなり、次郎の息づかいを確認できる。
「お父さん、どう?」そう美和子が話しかけると、次郎はただ美和子を見続けるだけで、返答も無く 首を動かすでも無く、唯々 ジーッと見ている。
美和子が次郎の額に手をやり「熱い」と呟いた。
恵祐も真似て次郎の額に手をやると、確かに発熱しているようだった。
そして、まさしく脂汗という感じのネットリとした汗が手に付いた。
額からゆっくりと手を離すと、次郎は恵祐に目をやり、「ウー」と声を出した。
「あ、声出した!」そういう美和子に対して看護師は、
「声は出るのですが、まだ言葉になりづらいようですね」と言った。
そして、次郎は常に右の肘から先をばたつかせた。
5本の指を閉じた形で、肘から先のみで、パタン パタンとベッドを叩き続ける。
「まるで『こっち来い、こっち来い』しているみたいでしょう」
そう看護師が説明した。
恵祐には父親の右腕が、勝手に動いてしまっているのか、意識して動かしているのか分からなかった。
明らかに分かるのは、左腕の神経麻痺だった。
左の二の腕には、筋肉に張りが全く無かった。触れてみると温かいのだが、余りにも軟らかい。
肘から先をゆっくりと持ち上げても、反発もしないし痛みも感じない様子だ。
温かいから血液は通っている。しかし、反応は無く、ただ重いだけ。
恵祐は、子どもの頃に飼っていた柴犬が、朝に死んでいた事が有ったのを思いだした。
あの頃は若かった次郎が庭に穴を掘ってお墓にしようと提案し、そこに柴犬を埋めたのを思い出す。
穴が掘れて、さあ埋めようとなったとき、恵祐は愛犬を何時ものように抱きかかえた。
しかし、生きている時に抱きかかえるのと違って、魂の抜け出たその柴犬はとても重く感じられた。
温かみを感じないのと同時に、明らかに重く感じられたのだ。
後に、人を含めた動物は、力が完全に抜けてしまうと重く感じるのだと教わった事がある。
あの柴犬のように、父親の左腕は、妙なくらいに重かった。
(つづく)
大切なあなたが 幸せでありますように。
相談屋さん カフェカウンセリング 横尾けいすけ
相談屋さん カフェカウンセリングでは、初回無料のメールカウンセリングも受付中です。 様々な ご相談に応じます。
また、ブログ記事に関して「共感したけど、自分の事に どう当てはめたら良いのか分からない」などの相談も歓迎です。
どうぞ、お気軽にご利用ください。
ブログランキングに参加しています。
お読みいただき、良かったなと思ったら クリックして下さい。
〜 あなたの感動を より多くの方と共有しましょう。〜