第一章:発症 (No.18)
- 2015/11/19
- 19:30
恵祐が胃ろうについて調べていると、突然に電話が鳴った。
家に備え付けの電話が鳴る時、受話器を上げるのは大抵母親の美和子だった。
その理由は、恵祐が自身の連絡先を 友人にも勤め先にも携帯電話の番号にしていたからだ。
結果として家の電話に掛けてくるのは、美和子の知り合いか親戚筋だけとなっていた。
だから、電話が鳴ったら美和子が取るのが、家族の当たり前になっていた。
しかし、父親の次郎が倒れてから、美和子のベルに対する反応が過敏になってきた。
この電話機はナンバーディスプレイではなかった。
携帯電話のように相手先の電話番号を入力しておけば、受話器を上げる前に誰からの着信なのかを知れ得るものではなかったのだ。
美和子は、次郎が脳出血で倒れ集中治療室に入院した時から、ベルがなると次郎が危篤だから急いで来るようにという公立病院からの電話を妄想した。
ベルの音と共に けたたましく電話機に走り寄り、受話器を上げ、次のように話すのが慣わしだった。
「ハイ、伊邪です … アーなんだ あなたか !? いやあ、病院からの電話かもと思ってしまってさ。 あぁ、ビックリした! それで何?」
散々と大騒ぎをして「それで何」とは、相手様にあまりにも失礼だし、馬鹿騒ぎは知性を疑う。
それを恵祐は何度も注意したが、美和子は聞き入れなかった。
「自分がこれほどまでに大変な目に遭っているのだ。同情して下さいよ」そんなろくでもないアピールをする美和子を恵祐は大変に不愉快に感じていた。
この時も電話に駆け寄り同じセリフを言うのだろうと背中で思っていたのだが、途中で美和子は無言になった。
その理由は、電話を掛けた相手が、次郎を担当する公立病院の看護師だったからである。
美和子は、ついにこの時が来たと感じた。
美和子の発想は2つのパターンしか浮かばなかった。
つまり、『危篤なので、兎に角早く来てください』というもの。
もうひとつは、『残念ながらお亡くなりになりました』というもの。
いずれにしても、美和子にとってすれば、不幸この上もない内容なのだが、悪い妄想しか出来ないのだから仕方がない。
しかし、看護師の用件は、美和子の被害妄想を完全に否定した。
部屋を移ります。それだけだったのだ。
「あー 良かったぁ。うちのお父さんに何かあったのかと思いましたよー」と大声で安堵する美和子の言葉が途切れる合間を見計らって、看護師は用件を続けた。
それは、次郎の状態が、当初に比べれば安定してきた事。
そのために集中治療室から一般病棟に移動しますよという事。
しかし、まだ気を許せる状態ではないので、1日から2日の予定で、看護師の目が届くナースステーション側に移動だという事。
だから、今日から面会に来る時は、5階に有る脳神経外科病棟を訪ねるようにという事だった。
美和子は、興奮しながら『5階』とメモを取り、受話器を置き、隣部屋の恵祐に報告にやって来た。
「あのさあ … 」と話しかける美和子に、恵祐は「全部聞こえました」と先手を打って返事をした。
そして、「でも、お母さん、これは出血が収まったという事だよ。きっと」と話し出したのだ。
(つづく)
大切なあなたが 幸せでありますように。
相談屋さん カフェカウンセリング 横尾けいすけ
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