第一章:発症 (No.19)
- 2015/11/25
- 17:30
脳出血の患者が ICU 集中治療室を出るという事には、ふたつの可能性がある。
ひとつは、患者の状態が良くなってきて、もうそこに居る必要が無くなったということ。
もうひとつは、後から救急搬送されて来た他の患者数が、ベッドの数を上回ったということ。
次郎場合、どうやら後者の様子だった。
というのは、恵祐と美和子が5階に有る脳神経外科病棟を始めて訪ねたとき、父親の次郎の “装備” は変わらなかったからだ。
右視床での出血は、ほぼ止まった。
画像検査でも 水頭症の元となる脳脊髄液の量は増えていなかった。
しかし、次郎が身に付けた装備は今でも似たようなもので、心拍の様子を見る装置も 呼吸の具合を見る装置もそのままだった。
心臓の動き具合を見る装置は、左胸などに電極を貼り付けられ、ベッドの脇にあるモニター画面で観察できた。
恵祐にはそのグラフが、どうだと良くて どうだと悪いのか詳細は分からなかったが、取りあえずリズムが変わらなければ良好なのだろう。
呼吸の様子を見る装置は、麻痺の無い右手の指に付けられていた。
これもまた電極のようなもので、指に包帯などで固定されていた。
呼吸をちゃんとしているかを直接見るものではなくて、血液の中にどれだけ酸素が有るのかを見る装置のようだ。
指に巻かれた小さな電極だけで酸素量の低下、つまり呼吸停止が正確に分かるのだろうかと恵祐は思ったが、意外と高性能なようだった。
というのは、恵祐と美和子がベッド脇で次郎に話しかけている時も、呼吸低下のアラームが静かに鳴ったからだ。
面会に訪れた二人に、次郎は視線で反応していたのだが、薬が効いて眠いのか、ウトウトしている様子だった。
そんな具合だから間近に居る二人の家族は気付かなかったのだが、寝ているようで実は息が止まっている瞬間が来たわけだ。
三人の耳元ではボリュームを絞っているのか小さなアラーム音だったが、5mほど離れたナースステーションでは かなりけたたましい音で看護師に注意を与えていた。
すると間もなく ひとりの看護師が現れて、「伊邪さん、起きて−」と次郎に言うのだ。
同時に直径8mmくらいの長いチューブを壁に有る『吸引』という穴に差し込んだ。
穴に差し込むと、力強く空気を引っ張る音が聞こえる。
そのチューブの逆側を次郎の口に入れ、溜まった痰を取り出した。
要は掃除機と同じように陰圧をチューブに掛け、痰を引っ張り出すのだそうだ。
チューブを口に入れられた次郎は、痛いのだか苦しいのだか、顔を真っ赤にして表情をしかめる。
顔をしかめてもお構いなしに、チューブはスルスルと奥深くに入って行く。
30cm以上入れただろうか。その後にゆっくりと引き上げ、取れた痰を確かめた。
これだけすれば、痰も取れ、そして苦しいから呼吸も荒くなりそうなものだが、看護師は取れた痰の量が不足な印象のようだった。
口から引き抜いたチューブを一旦アルコールで消毒し、今度はそれを鼻の穴に差し込んだ。
鼻の穴に管をどんどん深く入れるのは、更に痛そうだ。
しかし、看護師は言うのだった。
「鼻からだと痛くて可哀想なのですが、口から入れると伊邪さんは舌でチューブを出そうとしてしまうのです」
つまり、次郎は入って来るチューブが不快なので、舌を使って中に入れまいとするようだ。
無理もない。見ていてもいかにも痛そうだ。
ところが、鼻の穴から入れると、口の中を通らないから舌で避ける事ができない。それで、すんなりと気管の奥まで入るというわけだ。
美和子はその様子を見ていられなくて、廊下に出て行ってしまった。
夫の苦しそうな様子を見ていると、自分も息苦しくなるのだった。
恵祐は、器用にチューブを差し入れる看護師と、真っ赤になって苦しむ父親を交互にみて考えた。
アラーム音に気付いた看護師が次郎の痰をすぐに取ってくれるから良いのだが、もし看護師が他の仕事で忙しかったりうたた寝していたりしたらお仕舞いなのだろうか。
食事は食べずに血管に直接栄養を入れているし、痰は吐き出せず気管にどんどん入ってしまうし、トイレに行けずにおしめをしているし、自分の父親はこれから良くなるのだろうか。
(つづく)
大切なあなたが 幸せでありますように。
相談屋さん カフェカウンセリング 横尾けいすけ
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