第一章:発症 (No.22)
- 2015/12/05
- 17:30
この日 恵祐と母親の美和子は、ナースステーションに呼び出された。
勿論、父親の次郎の症状についての話しだろうとは予想はしたが、次郎が居ない所で話すとは何なのだろうか。
疑問に思いながらも、案内する看護師に付いていった。
二人がナースステーションに入り椅子を案内されると、美和子は盛んに「ご迷惑掛けてしまって本当に申し訳ないですぅ」と大声で言っているが、恵祐は早く本題を聞きたかった。
美和子の言葉を遮るようにして、父の具合はいかがでしょうかと恵祐は切り出した。
担当した看護師は部長さんで、襟の模様が違っていた。
30歳代後半の部長さんは、頼りがいのある雰囲気を醸し出し、安心して病人を任せられるという感じだった。
部長さんの言うには、脳内の出血は止まっている事。これはドクターの説明と同じだった。
また、喉に痰が溜まりやすいという事。夜も3〜4回くらい痰取りをするのだそうだ。
そして始めて聞くことは、次郎がうなされるという事だ。
看護師の言うには、次郎は夜によくうなされ、大声を出すという。
悪い夢を見てのことかと恵祐が尋ねると、そうでは無いと言う。
うなされているので夜勤の看護師が様子を見に行き「伊邪さん、大丈夫?」と声を掛けると しっかり目を開いているのだという。
看護師が言いなだめても相手にせず、何かに取り憑かれたように叫び声を上げているという。
そして、麻痺の無い右の手足をばたつかせるという。
特に右足の蹴りはもの凄く、ベッドの柵に当ててしまっているため、あざが付きそうなくらいだそうだ。
次郎のベッドには転落防止の柵が設けられていた。
左半身麻痺で、寝返りすら出来ないはずの次郎だったが、うなされた時の動きはすさまじく、その柵を乗り越えんばかりだという。
脳出血の直後なので脳が混乱し、幻覚を見ているのではないかと部長さんは言う。
続けて部長さんは、ベッドから転落すると骨折などをするので危険だと説明を展開し、次には 夜の間だけでも拘束させてくれないかと言う。
具体的には、柔らかい紐のような物で右足をベッドの柵に半固定したいという。
また、健常な右手で 点滴の針とかを抜くと、これもまた危険なのでミトンを付けたいという。
一般的にミトンというのは、手袋のことをいう。
指を入れる部分が親指だけが分かれて、他の指は一つにまとめられているタイプの手袋の形を言う。
しかし、部長さんが見せたのは介護用のミトンで、一般的なそれより遙かに大きく親指も独立していない。
そして、そのミトンを付けると、物を掴むことが出来なくなる。
これを健常な右手に装着すれば、点滴の針やチューブを掴むことが出来なくなるため事故を防止できるわけだ。
紐や綱で縛る事も、そしてこの介護用ミトンも身体拘束という事になる。
拘束されるのは誰だって嫌だろう。健常者だって病人だってこれは同じだ。
自分の安全のためという理屈が もし分かっていたとしても、縛られるのは嫌なものだ。
次郎の場合、幻覚を見てしまう位に混乱しているのだから、拘束したら更に叫び暴れるのではなかろうか。
そう恵祐が言うと、部長さんは頷きながらも言うのだった。
「始めは皆さん拒否するのですが、大抵は二日くらいで慣れます。そして、お父様の場合、一番怖いのはベッドからの転落です」
それを言われると、恵祐も美和子も辛いところ。
次郎が可哀想で拘束はしたくないし、しかし転落は困る。
二人は看護部長の差し出す『承諾書』という用紙を見つめ、思案していた。
(つづく)
ご参考:特定非営利活動法人 全国抑制廃止研究会『身体拘束とは』
大切なあなたが 幸せでありますように。
相談屋さん カフェカウンセリング 横尾けいすけ
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