バレリーナ『 akari 』 〜 感じる事 と 理解する事 〜
- 2017/08/07
- 12:40

akariというモダンバレエのダンサーには感動しました。
理解したのではなく、感じたのです。
それは先日の真夏のデザインフェスタでの出来事でした。
デザインフェスタの全般に言えることですが、出展する作品が理解不可能なものが少なくありません。「意味分かんない」ってやつです。
8月5日に同会場で行われたakariのパフォーマンスも、私も含めて多くの人が不慣れな戯曲をベースとするモダンバレエでしたので「何で便器なの? わけ分かんない」と席を立った人もいたようです。

世の中には、『感じるべき事』と『考えて理解すべき事』があります。
概ねですが『芸術や芸能、さらに恋愛などは、感じる事』から始まります。
“良いなあ” という感動が潜在意識にまず起こって、なぜに良いのかの理由は 後から作り出されるものです。
例えば恋愛に於いて、先に理想のパートナーを思い描いていても出会える事が少ないのは、感動より思考が先だってしまっているからです。 恋愛は感じるものです。
シンデレラに王子さまとの出会いがあっても、心の汚れた義理の姉たちにはラッキーチャンスが無かったのは、シンデレラが博愛を思い心得ていて 義理の姉たちは富を考えていたからです。
また、名画もお笑いもそして花の美しさも、感動する時は理由なんかありませんし、解説文で理解する必要も無く惹かれるものです。 解説は後から読めばよいのです。
感動の理由というのは、それを説明するために 若しくは 自分を納得させるために後から作られるものなのです。
一方、選挙で立候補者を選ぶ時などは、感じていてはダメ。 客観的な視点で思考しなくてはなりません。
立候補者の主張を理解し、合点が行った場合にその人を選ぶべきです。 「印象が良いから、格好イイから応援しよう」では、後々に困った事になります。
『リーダーや政治家を選ぶ時は、スタートから考えて理解し判断すべき』なのです。
◎ ◎ ◎
戦後の児童教育は親も教師も「よく考えてから行動しなさい」と指導しがちです。 私もよく言われました。「何でそんな事するの! よく考えてから行動しなさい!」と。
しかし よくよく考えれば、一部の天才を除いて児童の大部分は、思考力が育っていないのです。 考える力が著しく劣っている者に考えろと言っても無理があります。出来ないものは出来ないのです。
その結果、一部の子は何事にも考えがちになってしまいます。 感じるべき事さえ 思考するようになってしまいます。 これが高じると、シンデレラの義理の姉のように成ってしまったり、延いては「何のために自分は生きているのか?」という不必要な思考を始めたりします。 なぜ生きているのかという事を思考しても まず答えは出ません。 もし答えが見つかったら、歴史に残る哲学家に成れます。
良い悪いではなく、その思考そのものが不必要です。
またそれ以外の子は、考える事に降参し 何も考えないようになってしまいます。 考えるべき事も感じるだけで思考できないのです。
一例を挙げれば、恋愛では相手の素敵をそのまま感じてほしいものですが、その相手との婚約ともなれば それが自分と相手にとって建設的なのか思考したいところです。
感じるべき事には感動し、考えるべき事には思考したいものです。

akariのパフォーマンスに感動したら、その後に理解したくなりました。
そうしたら、感じるから思考するにチェンジです。
感動する → 調べる 聞く 考える → 考えをまとめる(思考を創造する)といった過程が大切です。
ご本人に問い合わせたら、今回は オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」をベースにしていました。 便器は独房や井戸を暗示していたのです。
(オスカー・ワイルドの童話『幸福な王子』は誰もが読んでいますが、『サロメ』も多く翻訳されております)
akariさんというバレリーナ、覚えておいてください。伸びそうです。

大切なあなたが 幸せでありますように。
相談屋さん カフェカウンセリング 横尾けいすけ
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