恐怖の “ワクチン接種ブーム”
- 2021/05/29
- 21:00
# 新型コロナウイルス # ワクチン # 感染症
2021年3月6日に放送された NHKスペシャル「津波避難 何が生死を分けたのか」は、人の性質(※1)が解る番組と思いました。
とくに日本人の性質が 理解できるドキュメンタリーです。 私は繰り返し観ております。
番組の内容は、2011年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震での巨大津波に対する避難行動についてのもの。 津波被害に遭った人と助かった人という分類でなく、あえて避難行動をした人としなかった人という分類をして、どういう理由でその選択に至ったかを分析しています。
多くの人は言葉にはしなくとも「テレビやラジオで あれだけ避難警報が報じられたのに、それでも避難しない人は、脚腰の悪い人なのだろう。 また、体が丈夫でも避難しなかった人は … つまり そういう性格なのだろう」と思っているのではないでしょうか。
しかし、意外に思うかもしれませんが、命に関わるような究極の時こそ、性格は行動と直結しにくいのです。ずぼらな性格だから、面倒くさがりな性格だから、脳天気だからという性格が理由して避難行動をしなかった人は 恐らく1人もいないでしょう。
人は冷静になれるとき、概ね理性的な言動をします。 なかにはそうでない人もいますが、とくに日本人という民族は善人が多いという理由と 世間体を意識する人が大多数という理由で、冷静になれるとき つまり平常時には 理性的な言動をしたがります。 言い換えれば、冷静な時は 常識人になりたがります。
その反面、非常時、つまり不馴れな身の危険を感じるとき、理性や性格などは吹っ飛びやすいのです。
危険を感じ しかもその危険に馴れていないとき、その人の本質 つまり性質が行動を決定しやすいのです。
番組では、そういう日本人の性質をいくつか紹介していますが、そのひとつに興味深いものがありました。
それは『報道の情報に反応できない人であっても 近隣住民の主張には従順する』という傾向があったことです。
例えば、
海岸沿いからかなり内陸部に住む主婦のAさんは、普段から自然災害に関心をもち 避難場所も把握し 懐中電灯もラジオも非常食も準備していた。「内陸部なので それほど津波に敏感になる必要はない」と内心思ってはいたが、社会性のある人間でいようとするAさんは、可能な限りの対策と心づもりをしていた。
Aさんはその日の14時46分に自宅で大きな地震を感ずる。 急ぎ、地震情報を得ようとテレビを点けると、テレビ番組は既に地震速報を始めており 繰り返し震度の強さや震源地を報じていた。 まもなく、テレビは津波警報を報じ始めた。 アナウンサーが真剣な顔で繰り返し「○○地区の方は 今すぐ避難してください」と報じている。 ○○地区とはまさしくAさんの住む地域だ。
普段から災害対策に関心があったAさん。 この深刻な報道を見て 当然に「逃げなければ」と思うのでした。
しかしその一方で、なぜか「でも どうしようか」という迷い生じてしまいました。
「避難しなければ」という思いがある一方、なぜか「でも どうしようか」という思いが捨てきれないAさん。 とりあえず外に出てみると、ご近所さんが輪になっていた。
「すごい地震だったね」と言う興奮気味の会話が繰り返されたあと、誰かが「津波警報が出ているけれど、避難した方が良いだろうか」と呟いた。
輪になっていた主婦たちは、この言葉に瞬間、無言になる。 津波警報が報じられたのは皆知っている。 警報が出たら避難しなければならないのも理解している。 しかし皆が「でも どうしようか」と思ったからこそ、さっさと避難しないで ここで輪になっているのだ。
やがて誰かが、ゆっくりと呟くように言ったのは「でも 防波堤も完成しているし、ちょっと様子見ても良いのではないか。 学校から帰っていない子供たちも心配だし」
この一言で、そこで輪になっていた主婦たちは “ちょっと様子見をする”という結論をしてしまった。
一方、別の町内に住むBさんは、Aさんと同じように一般的な主婦。 同じようにテレビやラジオから避難警報を知り、同じように避難行動に迷い、同じように井戸端会議に参加しました。
しかしBさんが Aさんの境遇と違ったのは、近隣住民のひとりが「津波が来るぞ。避難しろ」と大声で言ったこと。そしてその家族が 避難を率先して実施したこと。
報道の情報で迷ってしまった人々も 目前の人が避難を警告する言葉と そして避難行動そのものを見ることで迷いは無くなり、Bさんの近隣住民は全員避難行動を実施したのだ。
実際の番組では、被災者への配慮からか Aさんのような実例は詳しく報じず、Bさんのような避難成功例を前面に番組作りが行われています。
また、外出していた人が家族が心配で自宅に戻ってしまう失敗例や 自宅で店舗を構えていた人が地震で床に散らばった商品をかたづけるのに専念してしまい避難が遅れた事なども傾向として挙げています。
様々な心理が、避難を遅らせたり、あるいは かえって津波の方に車を走らせる行動をさせたりしたのです。
・ ・ ・
今回、私が注目したのは、AさんとBさんの近隣住民の違いです。「逃げるべきだ」と言うに留まらず 避難を率先して実行した人が 他人の深層心理に影響を与えて、地域住民の “避難の連鎖”が起こり 被害者減少を成し遂げたのです。
つまり、人の(とくに日本人の)究極時の行動は、
1.常識的に信頼あるとされる放送局の警告よりも、あまり当てにならないはずの近隣者の意志に影響されやすいという意外性がある。
2.発言や主張だけに留まらず、推奨する行動そのものを見せるとさらに効果的である。
という特徴があります。
信頼性に高いはずのNHKの報道よりも、近所のオッサンの方が影響力が高かったというショッキングを NHKスペシャルで伝えるのも失笑しましたが、率先して避難をした人のその行動自体が 他人の心理を動かすのだということには大変関心いたしました。
・ ・ ・
とくに日本人は『周りの人と同じ行動をする』傾向が高いのです。 例えば …
昭和42年、日本人女性は 突如としてミニスカートを履きます。 今ではミニスカートなど珍しい服装ではありませんが、当時としては なにせ日本人女性が膝を見せるのは有史以来初のこと、大事件でございます。
女優の野際陽子さんやモデルのツイッギー、あるいは美空ひばりさんが「真っ赤な太陽」でミニスカートを履いた影響とか言われておりますが、これも周りの人と同じ行動をしたがる日本人だから大流行が起こったのです。 私の80歳を超える母は、当時のことを「太い脚でミニなど履きたくなかったけれど、皆が履くから仕方なく履いた」と振り返っております。
周りの人と同じ行動をしたがる性質から、大多数の女性がいきなりミニスカートを履いたわけです。
今でも 高校生女子が そろって膝上丈のスカートにしているのは、校則が変更されたからではなく 皆が短くしているからでしょう。

ツイッギーさん
昭和の後期には 長期的に “受験戦争”が日本中で続きました。 ミニスカートほどの圧倒的ではありませんが、多くの高校生が大学を目指しました。 また 高校受験に関しては、義務教育でないのに 当たり前のように「高校くらいは出て(卒業して)おかないと」と皆が思い始めました。
進学することは悪い事ではありませんが「学びたいから進学する」のではなく、「皆が行くから私も行く」という人が増えたのも 周りの人と同じ行動をする性質が影響したのでしょう。
『自分の周りの人と同じでありたい』という性質は、いつの時代にも日本人に色濃くあるようです。
・ ・ ・
そして、2020年から2021年にかけて、日本では “新型コロナ予防”が流行ったのです。
新型コロナウイルスそのものが日本で流行したのではなく、予防対策をする行為が流行りました。
2020年の1年間、日本での新型コロナ感染症での死亡者数は 3,492名でした。 お悔やみ申し上げます。
しかし 人口比率で考えると、世界でトップクラスの好結果です。 なぜ日本人が新型コロナに強かったのか理由は分かりませんが、これは喜ぶべきことだと思うのです。
さらに、2020年のトータルの病死者は、11年ぶりに減っています。 これも慶ぶべきこと。
(詳細はこちら『新型コロナワクチンについて 〜その3 ほんとうに必要なのか 〜』)
それにも関わらず、こういう良いことを喜べない愚かな知事たちは、馬鹿のひとつ覚えで 効果に乏しい自粛を繰り返し政府にリクエストしました。
間違えたくないのは、菅政権は大都市の知事に比べればマシでした。 リーダーシップに乏しい所が仇でしたが、Gotoキャンペーンとかやって 日本人に流行してしまった “コロナ恐怖症”という異常な精神状態を改善しようとしたのは事実ですから。 もし このキャンペーンと「日本人はコロナに強いという結果が得られました」という公式発言がセットで行われたら、今はもうオリンピックに向けて国民歓喜していたことでしょう。 しかし現実は 牽引力に乏しい性格ゆえか分かりませんが、地方自治体の首長の要求をそのまま受け入れて自粛を繰り返し延長している有り様です。
とはいえ、某都知事を筆頭にした利己的な施政者に 多くの国民が洗脳されたとは思えません。 彼女は国会議員のころから政治能力もリーダーとしての魅力もゼロですから。 人を動かすほどのムーブメントを起こすだけの力はありません。
皆が一気にマスクを装着したことや、心待ちにするイベントなどを我慢するようになったのは、マスコミの影響ではなく 施政者の影響でもなく、周りの人の影響でしょう。
* * *
皆で感染症対策をするのは もちろん悪い事ではありません。 でも、日本に於いては 無意味な自粛のお陰で 店をたたんでしまった商店主は気の毒です。 そして今年 2021年の下半期も倒産は増えるでしょう。
「ほんとうにコロナって 日本で流行っているの?」と疑問に思うこと。
「自粛する必要はあるの? 自粛に効果はあるの?」「治験が終わっていないワクチンを打っても良いの?」と疑問に思うこと。
こういう当たり前の疑問を『自分の精神にも 近しい人の言動に左右される性質がある』ことを踏まえて考えたいものです。
(※1)
日本語表現として正確なことではないのですが、私は便宜上、性格と性質を分けて把握しています。
性格は、人それぞれであり、後天的。しかも可変性が高いもの。
性質は、その民族に共通することで、大小はあれど皆がそう思いやすいこと。生まれながらに近いので可変性が低い。先天的な発想。
同じ民族の人であろうと(もっと言えば 血筋の近い親兄弟であろうと)性質を性格が覆っているため、性質が表面化しにくい人もいます。 表面的な性格が目立つのとは確かですが、究極の時こそ 深部に近い性質などが表に出て来ます。
そして私は、思考の浅いところから、つまり表面から深部に向けて、
『理性、癖、性格、性質、深層心理、潜在意識、本能(本性)、魂と分類しています。
2021年3月6日に放送された NHKスペシャル「津波避難 何が生死を分けたのか」は、人の性質(※1)が解る番組と思いました。
とくに日本人の性質が 理解できるドキュメンタリーです。 私は繰り返し観ております。
番組の内容は、2011年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震での巨大津波に対する避難行動についてのもの。 津波被害に遭った人と助かった人という分類でなく、あえて避難行動をした人としなかった人という分類をして、どういう理由でその選択に至ったかを分析しています。
多くの人は言葉にはしなくとも「テレビやラジオで あれだけ避難警報が報じられたのに、それでも避難しない人は、脚腰の悪い人なのだろう。 また、体が丈夫でも避難しなかった人は … つまり そういう性格なのだろう」と思っているのではないでしょうか。
しかし、意外に思うかもしれませんが、命に関わるような究極の時こそ、性格は行動と直結しにくいのです。ずぼらな性格だから、面倒くさがりな性格だから、脳天気だからという性格が理由して避難行動をしなかった人は 恐らく1人もいないでしょう。
人は冷静になれるとき、概ね理性的な言動をします。 なかにはそうでない人もいますが、とくに日本人という民族は善人が多いという理由と 世間体を意識する人が大多数という理由で、冷静になれるとき つまり平常時には 理性的な言動をしたがります。 言い換えれば、冷静な時は 常識人になりたがります。
その反面、非常時、つまり不馴れな身の危険を感じるとき、理性や性格などは吹っ飛びやすいのです。
危険を感じ しかもその危険に馴れていないとき、その人の本質 つまり性質が行動を決定しやすいのです。
番組では、そういう日本人の性質をいくつか紹介していますが、そのひとつに興味深いものがありました。
それは『報道の情報に反応できない人であっても 近隣住民の主張には従順する』という傾向があったことです。
例えば、
海岸沿いからかなり内陸部に住む主婦のAさんは、普段から自然災害に関心をもち 避難場所も把握し 懐中電灯もラジオも非常食も準備していた。「内陸部なので それほど津波に敏感になる必要はない」と内心思ってはいたが、社会性のある人間でいようとするAさんは、可能な限りの対策と心づもりをしていた。
Aさんはその日の14時46分に自宅で大きな地震を感ずる。 急ぎ、地震情報を得ようとテレビを点けると、テレビ番組は既に地震速報を始めており 繰り返し震度の強さや震源地を報じていた。 まもなく、テレビは津波警報を報じ始めた。 アナウンサーが真剣な顔で繰り返し「○○地区の方は 今すぐ避難してください」と報じている。 ○○地区とはまさしくAさんの住む地域だ。
普段から災害対策に関心があったAさん。 この深刻な報道を見て 当然に「逃げなければ」と思うのでした。
しかしその一方で、なぜか「でも どうしようか」という迷い生じてしまいました。
「避難しなければ」という思いがある一方、なぜか「でも どうしようか」という思いが捨てきれないAさん。 とりあえず外に出てみると、ご近所さんが輪になっていた。
「すごい地震だったね」と言う興奮気味の会話が繰り返されたあと、誰かが「津波警報が出ているけれど、避難した方が良いだろうか」と呟いた。
輪になっていた主婦たちは、この言葉に瞬間、無言になる。 津波警報が報じられたのは皆知っている。 警報が出たら避難しなければならないのも理解している。 しかし皆が「でも どうしようか」と思ったからこそ、さっさと避難しないで ここで輪になっているのだ。
やがて誰かが、ゆっくりと呟くように言ったのは「でも 防波堤も完成しているし、ちょっと様子見ても良いのではないか。 学校から帰っていない子供たちも心配だし」
この一言で、そこで輪になっていた主婦たちは “ちょっと様子見をする”という結論をしてしまった。
一方、別の町内に住むBさんは、Aさんと同じように一般的な主婦。 同じようにテレビやラジオから避難警報を知り、同じように避難行動に迷い、同じように井戸端会議に参加しました。
しかしBさんが Aさんの境遇と違ったのは、近隣住民のひとりが「津波が来るぞ。避難しろ」と大声で言ったこと。そしてその家族が 避難を率先して実施したこと。
報道の情報で迷ってしまった人々も 目前の人が避難を警告する言葉と そして避難行動そのものを見ることで迷いは無くなり、Bさんの近隣住民は全員避難行動を実施したのだ。
実際の番組では、被災者への配慮からか Aさんのような実例は詳しく報じず、Bさんのような避難成功例を前面に番組作りが行われています。
また、外出していた人が家族が心配で自宅に戻ってしまう失敗例や 自宅で店舗を構えていた人が地震で床に散らばった商品をかたづけるのに専念してしまい避難が遅れた事なども傾向として挙げています。
様々な心理が、避難を遅らせたり、あるいは かえって津波の方に車を走らせる行動をさせたりしたのです。
・ ・ ・
今回、私が注目したのは、AさんとBさんの近隣住民の違いです。「逃げるべきだ」と言うに留まらず 避難を率先して実行した人が 他人の深層心理に影響を与えて、地域住民の “避難の連鎖”が起こり 被害者減少を成し遂げたのです。
つまり、人の(とくに日本人の)究極時の行動は、
1.常識的に信頼あるとされる放送局の警告よりも、あまり当てにならないはずの近隣者の意志に影響されやすいという意外性がある。
2.発言や主張だけに留まらず、推奨する行動そのものを見せるとさらに効果的である。
という特徴があります。
信頼性に高いはずのNHKの報道よりも、近所のオッサンの方が影響力が高かったというショッキングを NHKスペシャルで伝えるのも失笑しましたが、率先して避難をした人のその行動自体が 他人の心理を動かすのだということには大変関心いたしました。
・ ・ ・
とくに日本人は『周りの人と同じ行動をする』傾向が高いのです。 例えば …
昭和42年、日本人女性は 突如としてミニスカートを履きます。 今ではミニスカートなど珍しい服装ではありませんが、当時としては なにせ日本人女性が膝を見せるのは有史以来初のこと、大事件でございます。
女優の野際陽子さんやモデルのツイッギー、あるいは美空ひばりさんが「真っ赤な太陽」でミニスカートを履いた影響とか言われておりますが、これも周りの人と同じ行動をしたがる日本人だから大流行が起こったのです。 私の80歳を超える母は、当時のことを「太い脚でミニなど履きたくなかったけれど、皆が履くから仕方なく履いた」と振り返っております。
周りの人と同じ行動をしたがる性質から、大多数の女性がいきなりミニスカートを履いたわけです。
今でも 高校生女子が そろって膝上丈のスカートにしているのは、校則が変更されたからではなく 皆が短くしているからでしょう。

ツイッギーさん
昭和の後期には 長期的に “受験戦争”が日本中で続きました。 ミニスカートほどの圧倒的ではありませんが、多くの高校生が大学を目指しました。 また 高校受験に関しては、義務教育でないのに 当たり前のように「高校くらいは出て(卒業して)おかないと」と皆が思い始めました。
進学することは悪い事ではありませんが「学びたいから進学する」のではなく、「皆が行くから私も行く」という人が増えたのも 周りの人と同じ行動をする性質が影響したのでしょう。
『自分の周りの人と同じでありたい』という性質は、いつの時代にも日本人に色濃くあるようです。
・ ・ ・
そして、2020年から2021年にかけて、日本では “新型コロナ予防”が流行ったのです。
新型コロナウイルスそのものが日本で流行したのではなく、予防対策をする行為が流行りました。
2020年の1年間、日本での新型コロナ感染症での死亡者数は 3,492名でした。 お悔やみ申し上げます。
しかし 人口比率で考えると、世界でトップクラスの好結果です。 なぜ日本人が新型コロナに強かったのか理由は分かりませんが、これは喜ぶべきことだと思うのです。
さらに、2020年のトータルの病死者は、11年ぶりに減っています。 これも慶ぶべきこと。
(詳細はこちら『新型コロナワクチンについて 〜その3 ほんとうに必要なのか 〜』)
それにも関わらず、こういう良いことを喜べない愚かな知事たちは、馬鹿のひとつ覚えで 効果に乏しい自粛を繰り返し政府にリクエストしました。
間違えたくないのは、菅政権は大都市の知事に比べればマシでした。 リーダーシップに乏しい所が仇でしたが、Gotoキャンペーンとかやって 日本人に流行してしまった “コロナ恐怖症”という異常な精神状態を改善しようとしたのは事実ですから。 もし このキャンペーンと「日本人はコロナに強いという結果が得られました」という公式発言がセットで行われたら、今はもうオリンピックに向けて国民歓喜していたことでしょう。 しかし現実は 牽引力に乏しい性格ゆえか分かりませんが、地方自治体の首長の要求をそのまま受け入れて自粛を繰り返し延長している有り様です。
とはいえ、某都知事を筆頭にした利己的な施政者に 多くの国民が洗脳されたとは思えません。 彼女は国会議員のころから政治能力もリーダーとしての魅力もゼロですから。 人を動かすほどのムーブメントを起こすだけの力はありません。
皆が一気にマスクを装着したことや、心待ちにするイベントなどを我慢するようになったのは、マスコミの影響ではなく 施政者の影響でもなく、周りの人の影響でしょう。
* * *
皆で感染症対策をするのは もちろん悪い事ではありません。 でも、日本に於いては 無意味な自粛のお陰で 店をたたんでしまった商店主は気の毒です。 そして今年 2021年の下半期も倒産は増えるでしょう。
「ほんとうにコロナって 日本で流行っているの?」と疑問に思うこと。
「自粛する必要はあるの? 自粛に効果はあるの?」「治験が終わっていないワクチンを打っても良いの?」と疑問に思うこと。
こういう当たり前の疑問を『自分の精神にも 近しい人の言動に左右される性質がある』ことを踏まえて考えたいものです。
(※1)
日本語表現として正確なことではないのですが、私は便宜上、性格と性質を分けて把握しています。
性格は、人それぞれであり、後天的。しかも可変性が高いもの。
性質は、その民族に共通することで、大小はあれど皆がそう思いやすいこと。生まれながらに近いので可変性が低い。先天的な発想。
同じ民族の人であろうと(もっと言えば 血筋の近い親兄弟であろうと)性質を性格が覆っているため、性質が表面化しにくい人もいます。 表面的な性格が目立つのとは確かですが、究極の時こそ 深部に近い性質などが表に出て来ます。
そして私は、思考の浅いところから、つまり表面から深部に向けて、
『理性、癖、性格、性質、深層心理、潜在意識、本能(本性)、魂と分類しています。
大切なあなたが 幸せでありますように。
相談屋さん カフェカウンセリング 横尾けいすけ
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